2008年05月01日

【映画】「フィクサー」格好よくない主人公も、ジョージ・クルーニーにやられちゃ格好よく見える。

フィクサー」はおよそフィクサーという感じはせず、実際原題は"Michael Clayton"なわけで、そんな高所に立った話ではない。

主人公は法律事務所の何でも屋というか掃除屋。自分のポジションに焦りを覚え、合併から居場所を失う可能性も考え、サイドビジネスに手を出すが身内が原因で失敗する。妻子は新しい家族がいるらしい。ギャンブル狂いで手元にカネは残っていない。そんな状況を、はっきりとは語らぬままに物語は進む。なので家族の構成は結局説明しきらぬままで、どういう状況なのかはよくわからない。そうした説明のなさは、それで話がわからなくなるというものでない限り、好感が持てる。なんでも説明すればよいというものではないのだ。物語のうえで過剰な説明は邪魔になる。ルールもわからずにプレイできるのがいいゲーム。

ところでこの主人公は、そんな感じなので、全然格好よくない。颯爽としていない。でも、ジョージ・クルーニーなので落ちぶれては見えない。それはいいのか悪いのか。でもしょぼくれすぎていたら見る側が滅入ってしまう。最後の最後のシーンを際立たせるには、やはり彼くらいの存在感がないと決まらない。やっぱり彼で良いのだろう。

話はあるシーンから遡る。冒頭の重要なシーンは再び繰り返されるわけだが、事情を知って見る二度目のシーンは別のスリルがあって引き込まれる。この使い方は上手い。というか、こういう使い方ができないのであれば冒頭にシーンを抜き出してくる意味がない。

一方で、なんであそこで降りるのか?なんでそこでボタンを押すのか?ちょっとご都合主義に見える。

ご都合主義といえば、暴走してしまうヒロイン。ええと、そこまでしますかね?まぁ、しちゃうかもしれないですけどね。裏の人間とのやりとりは、ここはたぶんクスクス笑ってもいいところ、なのだろう。俺に言わせるのかよ、何をして欲しいのか言えよ。で、意図を汲んだ裏の方々が、ターゲットのもとに行く際に、髪の毛を落とさない処理なんかをしていて、その手際含めて笑ってしまう。いや、笑い事じゃないシーンなのだが、ユーモラスですらある。そんな彼らが、主人公に対してはちょっとぬるくない?という気がするのだが。急いでるからといえばそうなのかもしれない。

で、私は主人公は過去に別れを告げるのかとばかり思った。が、クライマックスはまっとうなものが用意されていた。このたたみかけはテンポよく、そこですぱっと終わらせるのは、腕。トニー・ギルロイは「ボーン・アイデンティティー」シリーズの脚本書いてただけのことはある。ただそれ以前の作品が「ディアボロス」だったり「プルーフ・オブ・ライフ」だったりと、微妙な感じではありますが。

フィクサー (ジョージ・クルーニー主演)

posted by happysad at 09:39 | Comment(0) | TrackBack(0) | 映画・映像関連
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/95274153

この記事へのトラックバック

Google
 
Web こんなものを買った
マンガ一巻読破 映画館ブログ
Powered by Seesaa