
タイムスリップ(タイムトリップ?どっちでもいいか)した結果、タイムパラドックスを引き起こす話、ということで、「時間移動ものに駄作なし」が持論の私は気になっていたのだが、「暗い内容」とも聞いていてやや躊躇していた。
見始めると、「タイムスリップ」の欠片も出ないまま物語は進む。主人公の少年時代から始まり、記憶が飛ぶこと、それが父親の病気と関係あるのではないか、ということが主。医師が記憶喪失を繋ぎ止めるため日記を書くことを薦めるのが、その先の展開への伏線。
子供時代から順を追い大学まで進んだ話は、ふと昔の日記を読んだことからかつての友人が気になり、再訪することで動き始める。彼が自分の記憶を取り戻したいがために行動したことで他者の予想もしない反応を呼び、それをご破算にするため彼は日記を読み失くした記憶の隙間を埋めようとする。
タイムスリップの瞬間を描くのは難しい、説得力のある道具を出すのは困難だということを小林信彦
というか、厳密には時間移動というようなものではない。記憶の改竄に近い。その改竄によって世界が全部変わってしまうのだから、タイムスリップではあるのだが、彼が飛ぶのは基本的に当時記憶を失ったある一場面であり、その場面での行動を現時点の彼の思考で行うことで、次に現在に記憶が戻るとその瞬間には現在までに至るすべてが変わっているパラレルワールドに生活している、という仕組みである。これは巧い。こう処理しよう、と考えついた時点で物語の展開はいくらでもできるようになった。勿論、辻褄あわせや、いくつもの「もしも」の世界を考える手間が必要ではあるので、けっしてカンタンなことではないのだが。
彼の言動で、かつての現実からいくつかの齟齬が生まれ、それを修正した新しい現実ができあがる。彼の意識はほかの人生もインプットされている。が、今回の人生について、あまり認識しているように思えないのは考えてみればちょっと辻褄があわないのだが、映画を見ている際にはそこまで意識は回らない。見ていてひっかかってどうしようもない、という致命的なミスでなく、勢いが勝れば映画としては成功。後々の展開で使うため前半を丁寧に描き、後半も一度二度ではなく複数回にわたり人生を巻き戻す物語はサービス精神旺盛、目が離せず、退屈を感じることがなかった。本当にこれアメリカ映画なの?と疑うくらいの濃度。
小学生のときに描いた絵はなんだったの?とそこは気になるが、あれはある人生の場面であった出来事そのままだとか、あるいはあれは級友の絵とすりかえられたのだとか、いろいろ言われたが私にはわからんかった。よく見てなかったのか・・・目が離せなかった割に意識が飛んでいたか。主人公と同じじゃん。DVD出たら買うかな。でもそれくらい、久々面白かった。
ディレクターズ・カット版は救いのない結末だそうだが、公開版は映画館で見るにちょうどよい結末に。そういうチョイスが残されて、そういう結末を選んだ点は、むしろこの作品を佳作としたように思う。
なお「バタフライ・エフェクト」は「あるところで蝶が羽ばたくと、地球の反対側では竜巻が起こる」という、些細な事柄が大きな変動を引き起こすという現象のたとえ。日本だと「風が吹くと桶屋が儲かる」ということだよなぁ、って違うか?と思っていたら、プログラム(700円)によせたレビューで梶尾真治
ところで。この作品を見て、タイムスリップものに駄作がない理由がわかった。辻褄をきっちり揃えていないとカンタンに破綻するので、見た目納得がいくように丁寧に作る必要がある(勿論細部はわかりやすくするため辻褄の合わない箇所もあるだろうが)。ただそれならどんな作品も同じ。ポイントは、タイムスリップすることで、現在までの流れをすべてゼロにして物語を再び始めることができる点にある。ふつうの物語なら変えることのできない過去現在未来のレールを、スリップすることでスイッチすることができる。ひとつの作品で複数のレールが走るということは、ひとつの作品なのに複数の物語を味わうことができるということ。一粒で二度三度もおいしいのだから、そりゃあ駄作がないはずだ。じゃあ皆なぜ書かないか、というと、複数の物語を混ぜ合わせないと一本にならないから、なのではないか。勿論、傑作佳作が数多いので、今更つくりづらいということもあるのだろうが。「夏への扉
@シネマミラノ
バタフライ・エフェクト
エンディングに流れるオアシス
→Don't Believe the Truth
日本盤が一週先行発売=ドント・ビリーヴ・ザ・トゥルース

久々にドキドキした映画です