
不幸な生い立ちの主要人物=如月行を描いたプレストーリーに始まり、続く本編第一話は冒頭から最強の盾の名をもつイージス艦が北朝鮮のテロリストに乗っとられる場面で幕開け。そこから時間を遡り、海上自衛隊の護衛艦と、防衛庁、そして米軍が持っていた究極の破壊兵器、さらに北朝鮮偵察局の重要人物という要素を絡めながら話は進行して行く。
まとめて読むと、筋立ては面白い。しかし、ト書きや煽りの類が、余計な印象を受ける。もっとスマートに描いてもよいのに。心情描写だのあと何日だの、うるさい。
そして最大の問題、絵の稚拙さ。ただ、雑誌と違いサイズが小さい単行本ではさほど目立たない。とはいえ、かなり独特な絵柄なので、そこに引っかかってしまう。同人誌作家っぽいんだよね、抜いて描いた絵が。巻末にカット集。うーん。画力はどうなのか。
そんな批判が連載時から巻き起こったため、原作者福井晴敏による「前例をなぞることなく」との長文あとがきが4ページ。マルチメディア展開について述べ、そうしたミックス展開は多いに越したことはない、としつつ
「だが一方で、この商売の仕方が大量のガラクタを生み、消費者を失望させ、自分たちの首すら絞めかねない悪循環を招いてしまっているという現実がある。」
「とにかく弾数をそろえる、という製作(プロダクト)側の視点で誘導された結果は、納期優先の制作環境を制作(クリエイト)側に強い、ともすればモチベーション不在のやっつけ仕事をさせてしまいがちなのだ。そうでなければ、ぎりぎりのスケジュールでも文句を言わない新人を引っ張り込み、ろくにブレイン・ストーミングもしないうちに描かせて、せっかくのデビュー作で手を汚させてしまったりもする。」
うわ。すごいストレートだね・・・原作者としてきちんと関わったが、量も多く、
「結果、オーバーワークになり、すべてを完全にやれたとは口が裂けても言えないのだが、その甲斐はあったように思う。作り手とは因果なもので、なにか意見を出されると、必ずそれを上回るものを提出しようと躍起になる習性があるのだ。自分自身、その相乗効果に刺激され、拙著を書いてきた経験があるから、それぞれの作り手たちとのやりとりは不可欠だと信じた。」
ここまで書き、しかし、ここであとがき3ページ終了。当然、方向転換してくる。
「本書も、その所産のひとつとしてある。幸い、『亡国のイージス』に関しては、映画化以前からコミック化をもくろんでいた編集者がいてくれたので、その延長線上で制作をスタートすることができた。そして数人の候補者の中から、我々は最終的に横山仁という新しい才能を描き手に選んだ。」
「結果は、ご覧のとおりだ。技術的にはまだまだ未熟。うまいかうまくないかと問われれば、決してうまくはないという言い方もあろう。が、これもご覧のとおりのことなのだが、回を重ねるごとにペンさばきが上達し、こなれてきていることにお気づきいただけるだろうか?」
「独立した商品として成立させたいなら、初めからうまい描き手を選定するべきという一方の論理はある。だが我々は、横山氏が持っている「可能性」と「勢い」に賭けた。映画の宣材として終わらせないためにも、この膨大なストーリーを描きながら確実に成長してくれるだろう横山氏のポテンシャルに期待したのだ。もっと具体的に明言しておこう。無難に収めるより、これから大成していくであろう横山仁の「伝説のデビュー作」になることを確信して、彼に『亡国のイージス』を預けたのだ、と。」
その伝説というのは、たとえば椎名桜子のデビュー作とか、あるいは能瀬慶子の「アテンションプリーズ」みたいなものか?と意地の悪いことを言うのはやめよう。作家を育てるために作品を使われては読む側はいい迷惑なのだが、それでも、原作者がここまで力強く擁護するのだ、送り手側には不協和音がないという意思表示は素晴らしいことだろう。ここで原作者が「いまいちねぇ・・・」なんて後ろから刺したらたまったものではない。そうした可能性を一切封じたこのあとがきは潔い。
【一巻のおわり】「如月がっ!?」
■2巻メーター
★★
とはいえ、絵はやっぱりへたくそなんでねぇ。
原作・監修=福井晴敏(ふくいはるとし)
漫画=横山仁(よこやまじん)
亡国のイージス 1 (1)モーニングKC(ぼうこくのイージス)
掲載=モーニング2004年52号、2005年1〜8号
講談社
モーニングKC
2005年2月23日 第1刷発行
定価=514円+税
※参考⇒過去記事
⇒この企画の趣旨は一巻のおわりコンセプトに詳しく・・・いや、あっさりあるとおり、コミックス1巻をまとめてレビューするものである。気になるマンガはamazonコミックスベストセラーで売れすじをチェック。
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